前回の記事(規制コンプライアンス【後編】)では、もっとも厳格であり「知らなかった」では許されない領域である、規制コンプライアンス(Regulatory Compliance)のガードレールを越えた先にある“規制を無視すると何が起こるのか”を具体的に解説しました。
今回は、近年のイラン情勢を踏まえ、「実例としてどのようなことが起きたのか」をご紹介します。
1. 遠くの戦争が近くの火種に変わるとき
近年の国際情勢は緊張状態が続き、日本から遠い中東地域でも重要な動きが起きています。なかでもイランを取り巻く外交・安全保障環境には注意が必要です。
「なぜイランを取り上げるのか?」そう感じる方も多いでしょう。イランは日本から距離も関心も遠く、報道されていても“どこかの国の話”として受け止められがちです。だからこそ、ビジネスの現場では「見落とされやすい死角」になっています。
もちろん、国際社会が警戒しているのはイランだけではありません。北朝鮮のように核・ミサイル開発を続ける国家は依然制裁対象です。また、覇権主義的な動きや権威主義国家の台頭により、地政学リスクは増大しています。
それでも本稿でイランを取り上げるのは、“2025年に実際に軍事衝突と国際制裁の再発動が生じた直近の実例”として無視できないためです。遠くに見える場所で発生する制裁措置は、日本企業の取引・信用・評判に波及し得ます。
本記事では、制裁がどこまで及ぶのか、そして国内企業にもどのように関わるのか、実例を通じて考えるきっかけをご提供します。
2. 緊張続く中東情勢とイラン制裁の動向
2002年以降に明らかになったイランの核開発疑惑を契機に、2006年から国連を含む国際社会による制裁が本格化しました。
2015年には、イランと主要6か国(米・英・仏・独・中・露+EU)との間で核合意(JCPOA)が成立し、2016年にはイランが核開発を制限することを条件に核関連制裁が一部解除されました。
しかしイランはその後も核開発を継続し、2025年にはイスラエルとの軍事衝突に発展。2025年秋、EUなどはイランの義務不履行を理由に、制裁を再発動する「スナップバック措置」に踏み切りました。
状況は短期間で大きく変化しており、日本企業にとってもエネルギー供給や取引相手の制裁リスクなど、影響が及ぶ可能性は決して小さくありません。
3. 海外で実際に起きた制裁事例
結論として、「自社は関係ない」という思い込みこそ最大のリスクです。ここでは、実際に制裁が適用された2つの事例を紹介します。
事例1:Toll Holdings Limited(オーストラリア)
北朝鮮・イラン・シリア関連の貨物輸送を米ドル決済で処理したことが問題となり、米国財務省外国資産管理局(OFAC)から制裁違反の指摘を受けました。
理論上は8億ドルの制裁金が科され得ましたが、最終的には610万ドルで和解。
米国内に拠点がなくても制裁の射程に入る典型例です。
事例2:Aiotec GmbH(ドイツ)
イラン向け取引を「トルコ経由」と偽装し、その決済に米国銀行が関与したことで問題視されました。
OFACはこれを「重大違反(egregious case)」と認定し、約1,455万ドル(約20億円)の和解金を命じました。
同社は総資産33億円・自己資本2.6億円規模の中小企業でしたが、規模に関係なく制裁対象となり得ることを示した例です。
これらの事例が示すのは、
- 「米国と取引がないから大丈夫」
- 「中小企業だから対象外」
4. 「国内だから安心」という落とし穴
「自社は国内企業としか取引していないから安全」そう考えるのは非常に危険です。
表面上は国内企業でも、いつの間にか外国資本に買収されていたり、最終受益者(UBO:Ultimate Beneficial Owner)が制裁対象者であるケースも存在します。
つまり、“自社だけは大丈夫”という思い込みこそが最大のリスクになりかねません。
まとめ
イランをはじめとする地政学リスクは、国際社会にとって“火種”の一つです。エネルギーという燃料、核、文化的対立という着火源が重なれば、遠くの火は一瞬で延焼します。
まずは、取引先のUBOが誰なのかなど、身近な死角に火種がないかを点検することから始めてはいかがでしょうか。
次号予告
次回は「AML/KYC ─ 資金の透明化が企業を守る」をテーマに、最新のマネーロンダリング対策の動向を分かりやすく解説します。