前回の記事「コンプライアンスとは何か ― 曖昧さを切り分ける」では、コンプライアンスを三つの層に整理しました。
今回はその中でも、もっとも厳格で「知らなかった」では通用しない領域――規制コンプライアンス(Regulatory Compliance)に焦点を当てます。
1. 面倒ごとの正体は何か?
こんな声を耳にしたことはありませんか。
「子会社の法人口座を開設するのが近年さらに難しくなった」
「少額の輸出なのに『最終的に誰が使うのですか』と細かく聞かれる」
「長年の取引先なのに、いきなり物々しい契約書を出された」
「当局から『資本背景を再確認してください』と指示を受けた」
「『最終的な受益者は誰か』と聞かれても答えにくい…」
いずれもビジネス現場でおなじみの“面倒ごと”です。
では、その正体は何でしょうか?――実はこれらすべてが規制コンプライアンスの影響なのです。
海外では Regulatory Compliance(レギュラトリー・コンプライアンス) と呼ばれ、企業倫理や社内ルールの順守とは明確に区別されます。
一方、日本では「企業コンプライアンス」や単に「コンプライアンス」と訳されることが多く、社会的倫理・社内規範・法規制が一緒くたに扱われがちです。
その結果、
「コンプライアンスなんて不要だ!」
「いや、徹底して守るべきだ!」
といったかみ合わない議論が生まれてしまうのです。
そこで本稿では、海外の概念に忠実に「規制コンプライアンス」という言葉を使っていきます。
2. なぜ必要とされるのか?
いま世界は、分断の拡大、治安の悪化、文化の衝突、国家の暴走といった不安定さを孕んでいます。
ニュースやSNSを覗けば、嫌でもその現実が目に飛び込んできます。
その裏で暗躍するのは――
武器や薬物を資金源とする国際犯罪組織
匿名で資金を動かす犯罪ネットワーク(いわゆる「トクリュウ」)
違法な労働や素材を使い、極端に安価な製品を流す企業
汚職にまみれた公務員
…そして、それらに結びつく「汚れた資金」
物語のように思えるかもしれませんが、これはすべて現実です。
こうした脅威を防ぐために各国が対話と協調を重ね、築いてきた仕組みこそが規制コンプライアンスなのです。
■ 主な規制の例
犯収法:資金洗浄やテロ資金供与を防ぐため、本人確認や疑わしい取引の届出を義務化
外為法:軍事転用可能な物資や技術の不正流出を防止
暴排条例:企業や自治体が反社会的勢力と関わらないよう社会全体で網を張る
米国OFAC規制:米ドル決済や米国関連取引に関与すれば、米国外の企業にも域外適用
英国Bribery Act:世界で最も厳しい贈収賄防止法。英国との関わりがあれば域外適用対象
3. 見えない落とし穴
「銀行じゃないから関係ない」
「国内の会社としか取引しないから安心」
――こうした思い込みこそ危険です。
規制コンプライアンスを軽視すると、どんな企業でも大きなリスクに直面します。
・取引停止・契約解除
取引先が制裁対象や反社会的勢力とつながっていれば、契約は即時打ち切りとなります。
・銀行送金のストップ
米ドル決済を経由しただけでOFAC規制に抵触し、送金が差し戻されるケースも。
最悪の場合、口座凍結に発展し、事業の継続が危うくなります。
・法的リスクの波及
自社が直接の規制対象でなくても、納品先が軍事転用に関与すれば外為法違反の疑いをかけられる恐れがあります。
・信用・評判の失墜
「制裁対象と取引していた」と報じられれば、投資家や顧客が離れ、金銭以上のダメージを受けます。
・国際的なブラックリスト化
一度「要注意企業」と認定されると、海外銀行や企業のKYCで継続的に引っかかり、新規取引が困難になります。
まとめ ― 社会の水を濁さないために
規制コンプライアンスは、水を清らかに保つフィルターのようなものです。
企業や人々が安心して泳ぎ、社会が持続的に成長するための土台といえます。
「水清ければ魚棲まず」
しかし、大切な人と泳ぐなら、腐った水ときれいな水、どちらを選びますか?
前編では、「規制は身近にあり、その意義は社会を守ること」に焦点を当てました。
次号の後編では、「規制を無視するとどうなるか」をさらに掘り下げていきます。